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ご意見・ご感想

ふれあいの輪は、新しいホームケア・在宅介護を目指して、
(公財)フランスベッド・ホームケア財団によって
運営されています。

ふれあいの輪

在宅ケアケース事例Home care case example

白澤 正和氏

国際医療福祉大学大学院教授
日本ケアマネジメント学会理事長

白澤 政和

退院前カンファレンスと家屋評価を実施して
福祉用具を揃え、家庭環境を整える

福祉用具の役割は、介護が必要な人の日常生活を支援し、家族の介護負担を軽減するだけでなくリハビリテーションを支援することにある。本事例でも退院前カンファレンスと家屋評価を支援し家族の介護負担を軽減するだけでなく、要介護度4のAさんに必要な福祉用具を揃え、家庭環境を整えた。Aさんご本人は、リハビリテーションに意欲的に取り組んでおり、ご高齢でありながら、3年間ADL(Activities of Daily Living)を維持することができた。Aさんは高いADL目標をお持ちであり、その気持ちに寄り添うところにケアマネジャーの存在意義がある。

今回の事例

髙木 はるみ氏

主任介護支援専門員

髙木 はるみ

支援経過

要介護度4、左片麻痺で自宅介護

古い家並みがそのまま保存されているB市の町で銭湯を経営しているAさんへの支援事例です。 Aさんはこの銭湯のおかみさんで、80歳を過ぎていましたが、元気に番台にあがっていました。ハキハキした品のいい女性です。とてもきれい好きな方です。

一家はAさんと彼女の夫、次女、三女の4人家族。近隣住民との関係は良好で、Aさんにも友人が多くいます。

4年前に脳梗塞となり入院。高血圧の持病があり、それが引き金となりました。1カ月で回復期リハビリ病棟に転院し、リハビリテーションを行うことになりました。大変前向きな方でリハビリテーションにも懸命に取り組み、そこを3カ月で退院となりました。

この退院に当たって、ケアマネジャーを担当し、退院前カンファレンスと家屋評価を実施し、ケアプランを作成しました。

退院前カンファレンスの参加者はAさん、病院の担当医師と理学療法士、そしてケアマネジャーである。カンファレンス後の家屋評価には入院中リハビリ担当の理学療法士と作業療法士、在宅で訪問リハビリ担当予定の理学療法士と福祉用具担当者も出席しています。これらを通じて福祉用具を取り揃え、家庭内の生活環境を整えました。

退院時のAさんは要介護度4。身体状況は左片麻痺、歩行は困難、食事は一人でできますが、排泄や入浴、着替えには一部介助が必要でした。家族に見守られての在宅生活となりました。

福祉用具を活用しリハビリテーションを継続

Aさん宅は2階建てですが、Aさんは1階で暮らしています。

玄関の上がり框は、段差が50センチメートルもあります。とてもAさんが登れる高さではないので昇降機を取り付けることにしました。

移動手段として4点杖。体重を支え、かつ持ちやすいものを選びました。これで室内はいいのですが、自室とトイレとの間に2間あり、これが5mほどの距離となります。

この距離を一人でも移動できるよう、車いすを用意しました。車いすに乗って健側でけり移動して、トイレに行くことができるようになりました。もっとも、元は畳だったので、このままでは車いすを使うことができませんから、床を木材に変更しました。

また、トイレにはベストポジションバーを取り付けました。体を安定させ、動きを補助させる手すりです。これで転倒を防ぐことができます。

寝室では特殊寝台を利用しています。介助バーのついている2モーターのスタンダードタイプ。背上げや脚上げなどの姿勢調整ができます。

Aさんは、福祉用具を上手に活用し、日々のリハビリテーションに励んでいます。福祉用具を使うことで生活の質を上げることができ、大変有効だと思っています。レンタルは身体状況に応じて変更しながら使えるところが便利です。

Aさんの1週間のスケジュール

Aさんの1週間のローテーションは以下の通りです。

月曜日は訪問看護で、看護師が訪問し、脳梗塞再発防止のために体調確認や療養相談、内服状況を管理します。

水曜日と土曜日はデイサービスに通っており、ここで入浴介助や機能訓練などを利用しています。往復は施設の送迎車を利用しています。

火曜と木曜日に訪問リハビリテーションが入っています。

金曜日は医師(居宅療養管理指導)が月2回訪問しています。目的は脳梗塞の再発防止。高血圧症ですので、体調を詳細に確認し、予兆を見逃さないようにしなければなりません。再発防止に訪問診療は必須となっています。

Aさんの1週間のスケジュール
月曜日 訪問看護
火曜日 訪問リハビリテーション
水曜日 デイサービス(入浴・機能訓練)
木曜日 訪問リハビリテーション
金曜日 月2回の割合で訪問診療
土曜日 デイサービス(入浴・機能訓練)
日曜日 家族とともに自宅療養

目標を支援できるケアプランを作成

ケアプランを作成するにあたってAさんと目標を設定しましたが、彼女が最初強く訴えたのは「番台にあがりたい」ということでした。彼女にとって番台とはとても重要な場所なのでしょう。以前のように番台にあがって、お客様とのふれあいを取り戻したかったのだと思います。

ただ、銭湯の運営には見えないところで大変な作業が多くあります。ボイラーや濾過器の点検や操作パイプの掃除、浴槽の掃除も重労働です。番台は思いのほか高い位置にあり、ひどく窮屈な姿勢で登らねばなりません。銭湯は自宅の隣にはあるものの、通路は細く15mほど離れています。

番台に上るのはあまりにハードルが高かった。左片麻痺の後遺症があり、しかも高齢であるAさんにはとても達成できる目標ではありませんでした。

でも、Aさんは前向きな方で、番台にあがることは難しいとしても、「孫の結婚式に自分の足で立って出たい」と次の目標を掲げています。結婚式は今年の5月。車いすでの出席なら何の問題もありませんが、立って挨拶をしたい、自分の立ち姿を見せたいというところが、Aさんらしいです。一般には80歳を過ぎて要介護になれば、意気消沈してしまうのですが、Aさんはそんなことはありません。強い意志、目標を持ってリハビリテーションに取り組んでいます。

ただこの3年間、要介護度4のままで、左片麻痺も大きな改善は見られません。私はケアマネジャーとして、目標を達成できる実現可能なケアプランを立案しなければならず、これが課題となっています。

(令和6年3月時点)

既往症 /脳梗塞、左片麻痺、右膝関節症、高血圧症、脂質異常症、精神状況は問題なし

食事  /自立

更衣  /一部介助

排泄  /自立(一部介助)

入浴  /一部介助

身体状況/寝室に特殊寝台・付属品、短い移動は4点杖、トイレは車いすで移動

社会交流/近隣住民との関係は良好、友人も多く訪れる

金銭管理/計算は可能、金融機関は三女対応

家族構成/夫、次女、三女の4人家族

※本人およびご家族の許可を得て掲載しています。(一部修正あり)

今回のポイント

ケアマネジャーの役割は伴走し本人の意欲を支えること
介護度4のまま3年間ADLを維持してきたことが評価できる

1 本人の意欲を支えること

Aさんは「番台にあがりたい」「孫の結婚式で立ってあいさつをしたい」の目標を持ち、これが彼女のストレングスでもあり、リハビリテーションを支えている。この目標に着目して支援することが求められる。

本人に意欲が見られない場合は、本人が何に興味や関心あるかをアセスメントし、目標を引き出す必要がある。本事例では目的がはっきりしていることから、それを支援することが求められる。

2 ケース目標の設定

Aさんの「番台にあがりたい」「孫の結婚式で立ってあいさつをしたい」は、一般にはケース目標と呼ばれるものである。これはAさんの目標でもあると同時に、支援者側のケアマネジャーやサービスを提供している事業者の目的でもある。目標達成のためにどのような対応をしていくかを、訪問リハビリテーションの事業者だけではなく、デイサービスの事業者も明確にし、すべての関係者が理解・共有することが大事である。

もっとも、本人の目標と支援者側の目標は異なることも多い。特に、本人の目標があまりにも高い場合でも、これを理解しながらも、その目標に向かっての短期の目標を設定することも可能である。

3 退院前カンファレンス

病院を退院する前に「退院前カンファレンス」の実施が一般的である。「退院前カンファレンス」では病院側のスタッフ、本人や家族、ケアマネジャーが参加して、本人の身体的な状況を基に今後の支援の在り方を検討する。

本事例の場合には、Aさんとケアマネジャー、病院の担当医師、理学療法士が参加して、ここでAさんは「もう一度番台にあがりたい」という思いを明らかにしている。

この退院前カンファレンスによってケアマネジャーは利用者と一緒にケース目標を決め、これに合わせて利用者のニーズを明らかにして、本人自身や家族についてのアセスメントだけではなく、家屋などの環境面のアセスメントも実施してケアプランを立てることになる。

4 福祉用具と住宅の改修

ケアプランをもとに、トイレ移動あるいは外出を支援するため、さまざまな福祉用具が活用された。本事例では上がり框が50センチと高いため、昇降機を設置することで外出を可能としている。トイレ移動にあたっては車椅子に移動し、そのために畳をフローリングに改修している。トイレにはベストポジションバーを設置し、転倒防止に対応している。

自立支援のためにも福祉用具は有用である。福祉用具を活用することによって利用者の日常生活が可能になるだけでなく、介護者の負担を軽減することにもつながる。

福祉用具の活用は、ADLの向上・維持のみならず、生活の質の向上を目指すことになる。同時に、日頃の着替えやトイレなどの行為そのものがリハビリテーションとなっており、維持期のリハビリテーションにおいては、生活リハビリテーションが重要となる。

5 外部との関わりの拡大

Aさんの家族との良好な関係や、地域との関わりもがストレングスであり、その活用が有効である。

外出したり、地域とのコミュニケーションを持つことがリハビリテーションにつながる。

ケアマネジャーが気にしている実現できないAさんの高い目標については、否定することなく、可能であれば具体的な短期の目標を設定し、それを達成したことをAさんと一緒に共有していくことも必要である。具体的には、例えば「○○まで移動ができる」とか「○○様と定期的に食事に外出する」等である。同時に今できていることを評価することである。現状維持であっても、頑張ってやっていることを認め、支えることが大事である。ご高齢でありながら、3年間ADLを維持してきたことは高く評価できる。

大切なのは本人の思いとともに歩むということであり、できないことも多いかと思われるが、そのできない気持ちに寄り添うことである。できるようにするだけが支援ではない、伴走することが大切である。