在宅ケアケース事例Home care case example

国際医療福祉大学大学院教授
日本ケアマネジメント学会理事長
白澤 政和氏
老老介護へのアプローチ
低度の介護者が重度の要介護者を支援する
現在、介護者の年齢は65歳以上の人が半数を超えている。さらに、75歳以上の高齢者が介護している割合は3分の1を超えている。老老介護の日常化である。今後、こうした老老介護の家庭はさらに増加し、軽度の介護者が重度の要介護者を支援することが当たり前になっていく。そればかりか、認知症の人が認知症の人を介護する「認認介護」(造語)も現実化している。今回は、このように加速する老老介護へのアプローチを考えていきたい。
今回の事例

社会福祉法人
台東区社会福祉事業団総務課勤務
東京都介護支援専門員研究協議会
理事
日本ケアマネジメント学会
認定ケアマネジャーの会副会長
日本社会事業大学専門職大学院 博士
西澤 文恵氏
支援経過
●90歳超の夫が家事全般を
Sさん夫婦は、夫91歳(要支援1)・妻86歳(要介護3)で超・老老介護の事例です。子どもはなく、長屋のような2階建てアパートの1階を借りての2人暮らし。同じ地区に妻の実妹と他区に夫の姪が暮らしていますが、実質的なキーパーソンはいまだ足腰のしっかりした夫。要支援1の夫は洗濯・掃除・買物などの家事全般のほか、金銭管理、服薬も管理しています。
妻は排泄に問題はなく、伝い歩きしながら自力でトイレに行きます。念のため綿パンツ・パッドを着用していますが、失禁はほぼありません。逆流性胃腸炎があり、2時間ほどかかりますが、食事も自立。入浴はデイサービスを利用せず、訪問看護師の介助により自宅で入浴しています。長時間の移動は車いすを利用しますが、外出は好まず、年に数えるほど。いい意味でのお嬢さん育ちでご自分の考えもきちんと伝えることができます。主婦業への執着はあまりなく、家事は何もしません。それでも夫婦仲はとてもよく、「お父さんと結婚してよかった」が口癖です。一方の夫は、90歳を超えても心身ともに元気です。85歳まで50㏄原付バイクに乗り、90歳を過ぎてからは電動3輪車に乗り換えますが、シルバー人材センターでの広報誌配達の仕事は継続され、フットワークも健在です。そして何よりも妻への献身的な介護を厭いません。
●目に見えない介護資源に着目する
本事例では、妻の介護サービスは週2回のリハビリを兼ねた訪問看護のみ。要介護3なので区分支給限度額にまだ余裕を残しています。夫も膝が悪く、要支援1であったことから「ヘルパーさんに掃除をお願いしませんか」「買物に行ってもらいましょう」と提案しましたが、「まだまだ大丈夫だから」とその都度拒否をされています。なるべく他人の世話にならずに自分たちだけでやっていきたいようでした。外部の人を入れたくないというよりも、2人とも夫婦の生活習慣を大切にしたいようでした。暮らしぶりはきちんとしているので、それ以上の介護サービスはすすめませんでした。
老老介護のケアマネジメントで大切なことの一つは「安否確認」です。万一の場合や何か異変が起きたとき、医療・介護につながらないのでは困ります。しかしSさん夫婦の場合、孤立する心配は少なかった。というのは、夫婦は住み慣れた地域で隣近所の人たちと良好なコミュニケーションを築いていたからです。隣のトトロをほうふつさせるような日本家屋に暮らし、外国人や学生を含む近隣住人と豊かな交流がありました。それとなく見守ったり、困ったときは助け合う関係がそこにはありました。長いつきあいの区議会議員さんも様子を見にきたり、カギを預かってくれました。
老老介護の場合、一見孤立しているように見えても、特にその地域に長く暮らしている場合は、目に見えない絆が育まれ、多彩な情報網や人間関係が築かれているものです。Sさんご夫婦の場合も、それが強味でした。ご近所の皆さん、区議会議員さん、かかりつけ医の訪問診療の先生など、子どもはなくとも2人の健康や暮らしぶりを気にかけてくれる人たちがいました。こうした目に見えない社会資源に着目する大切さを学び、それらを大いに活用したからこそ、2人の生活を尊重した支援につなげられたかもしれません。
●安否確認のため夕食は配食弁当に
とはいえ、お2人の年齢からして1日1回程度の安否確認だけはできるようにしなければなりません。いろいろと考えた結果、夕食は配食弁当を利用することを提案し、了承を得ました。夫の手間を省くというより、配達員による安否確認が狙いです。夫の体調不良時の場面では、配達員が倒れている夫を発見し、大事に至らなかったことがありました。
本事例の場合、ケアマネジャーとサービス事業者との相互理解が進み、現場スタッフに支えられた部分も大きかったです。特に、訪問看護師と密に意思疎通を図っていたことで、訪問診療医との情報共有や連携が円滑に進みました。また、ケアマネジャーだけでは理解を得にくい提案も、他専門職から働きかけていただくことで受け入れてくださいました。例えば、訪問看護が担っていた入浴介助を訪問介護に変更する際、「身体的なケアはヘルパーさんの方がもっとうまいと思うよ」と助言していただくことで、夫も納得されました。こうして訪問介護のヘルパーを受け入れていただき、次の段階である夫の家事支援へとつなげます。この過程を通して、専門職間の連携と情報共有がとても大事であることを再認識しました。
●ゆとりがない? 勝手な思い込みは禁物
ケアプランの作成は、ご利用者の経済事情を抜きに考えることはできません。ショートステイを申請する際の減額申請、入院費の支払い能力、夫婦2人で入れる施設を探す際もどのくらいのゆとりがあるかを知っておく必要があります。年金額によっては申請できないこともあります。そこで夫に確認したところ、2人あわせて月30万円の年金がある、しかし高齢の妻の実妹さんに毎月仕送りしていたことが判明しました。実は、質素な暮らしぶりや日ごろの夫のお話から最低年金を想定していたのです。かつて夫は印刷会社を自営、妻も大手企業に勤めていたということで、経済的にはゆとりがありました。先入観は禁物です。しかし、さまざまな事情があるのが経済状況です。勝手な思い込みも禁物ですが、状況の把握には十分な配慮が必要ということも学びました。
今回のポイント
毎日の認否確認、見守り支援の強化、
在宅を続けるためには
経済状況のアセスメントも必要に。
●介護する夫の状態変化もつかむ
本事例は、要介護3の妻を要支援1の夫が介護する事例である。支援が必要な人が、同じように支援を必要とする人を介護する老老介護の事例である。90代の夫は自立心が強く、他人の力を借りずに妻を自力で介護しようとする意識が高い。実際に介護保険のサービスに頼ることなく、医療的なサービス(訪問看護と訪問診療)を中心に利用している。こうしたケースで気をつけねばならないのは、要介護者である妻の病状や介護ニーズだけでなく、夫の状況の変化を的確につかむことである。
●双方のアセスメントが必要
老老介護の家庭においては、要介護者本人および介護者それぞれについてのアセスメントが必要となる。できれば、近隣や地域社会との関係までも把握したうえでケアプランに反映させていくことが望まれる。そのうえで、本人と要介護者にできることとできないことを判別する。実際、本事例では夫の介護力が徐々に低下していく中で、ヘルパーによる入浴介助という的確な提案がなされている。おそらく次なる課題は自力で排泄ができなくなった場合の対処だ。介助が必要になった場合にどのような外部の支援が必要になるか、今から想定しておく必要がある。
●見守り支援の強化
この夫婦は長年この地に暮らしてきたこともあり、地域のさまざまな人々と良好な関係性をもちながら、こうした人々の支援を受けて2人だけの生活を維持してきた。こうした専門職ではない、隣人や身近な人による手助けや支援を「インフォーマルケア」と呼ぶ。本事例では見守り支援をさらに強化するため、毎日誰かが認否を確認できるようにと、夕食の配食サービスを提案し、食事と見守りを一体的に支援できるようにしている。こうした見守り支援の強化は、とりわけ独り暮らしや老老介護の家庭にとっては大変重要なニーズであり評価できる。
●在宅継続に必須な経済力の把握
本事例では、ある段階で予測していた以上の所得があることが判明した。金銭的なゆとりについて利用者から聞き出すことは難しく、お互いの関係性を損ねないためにあえて深追いしないケアマネジャーも少なくない。しかし、経済状況についてのアセスメントが今後の在宅生活の継続にかかわる大きな要件の一つであることはいうまでもない。直接聞けない場合も、利用者の介護保険料の自己負担額からやサービス利用での自己負担割合でもっと見当をつけることも可能である。また、サービス利用を話し合う際の利用者や家族の反応や態度から経済状況を推察することもできる。ただし確認する場合も、「立ち入った話になりますが、どこまでサービス利用を提案したらよいのか分からないため、お尋ねしてよろしいですか」と確認することを忘れてはならない。
●できる限り在宅を継続するために
今後、この過程にはふたつのことが同時に起きていくと推測される。妻の介護の必要性は徐々に増し、一方で夫の介護力は確実に低下していく。介護環境の相乗的な悪化は避けられない。そこで、できる限り長く在宅生活を続けるためにはどうすればよいのか──ケアマネジャーはしっかりコミュニケーションがとれる今のうちに、しっかりと対策を講じておくことが重要である。
事例概要
利用者/S氏
妻(86歳)要介護3
障害高齢者の日常生活自立度/A2
認知症高齢者の日常生活自立度/Ⅲa
既往症/糖尿病、高血圧症、骨粗しょう症、逆流性胃腸炎
食事/1日2回。朝食は夫が準備したパン、生ハム、チーズ。夕食は夫婦で1個の配食弁当と、夫が準備した総菜。食事時間は2時間を要す。
排泄/伝い歩きしながらトイレに行く
入浴/訪問看護師の介助にて入浴(その後、訪問介護に変更)
ADL/伝い歩き。長時間の移動は車いす。家事全般は夫が行うため、本人は何もしない。服薬は夫が管理
介護サービス/訪問看護(週2回)、訪問介護(週1回)訪問診療(月2回)
※本人およびご家族の許可を得て掲載しています。(一部修正あり)
事例概要
利用者/S氏
夫(91歳)要支援1
障害高齢者の日常生活自立度/J1
認知症高齢者の日常生活自立度/自立
既往症/前立腺がん、心臓弁膜症、高血圧症
排泄/トイレに行く。ほぼ失禁なし
入浴/自ら準備し、入浴する
ADL/洗濯・掃除・買物等の家事全般を行う。金銭管理・内服管理も自立。80歳過ぎまで50ccバイクを使用
介護サービス:利用なし(その後、訪問介護(週1回)開始)
※本人およびご家族の許可を得て掲載しています。(一部修正あり)

