在宅ケアケース事例Home care case example

国際医療福祉大学大学院
医療福祉学研究科
教授 石山 麗子氏
独り暮らしが限界に近づいた認知症高齢者。
施設入所のタイミングと意思確認について。
コミュニケーションが難しくなった
利用者さんの「意思決定」を支援する
ケアマネジャーがケアプランを作成する際、必ずしも利用者さんと十分なコミュニケーションがとれるとは限りません。障害の種類や病状によっては利用者さんの意思や希望が確認できない中、支援の方向性を決めねばならないこともあります。認知症の進行などもその一つです。そうした事態を想定し、厚生労働省は『認知症の人の意思決定支援ガイドライン』を作成しています。本事例を通して、コミュニケーションが難しくなった利用者さんへの適切な支援について考えてみます。
今回の事例

株式会社ケアサービス居宅支援
主任介護支援専門員
日本ケアマネジメント学会
認定ケアマネジャー
藤原 道子氏
支援経過
認知症が進み、1人暮らしに限界が迫る
令和5年8月、管轄の地域包括支援センターから依頼があり担当となりました。認知症の中等度から重度への移行期にあるAさん(女性・当時81歳)。結婚歴はなく、経理の事務職として長く働き、土地付きの一戸建てを購入し住んでいます。レビー小体型認知症の特徴である幻視・妄想などが顕著で、見当識・短期記憶の低下が1人暮らしを危うくしていました。定年後も70歳までパート務めをした頑張り屋さん。「この家は自分の力一つで建てた」という自負心があり、それが“この家で暮らし続けることへの気持ち”をより強いものにしていました。
唯一の身寄りで介護のキーパーソンは、一番上の姉の子である姪(当時75歳)。通帳や預貯金の管理から月一度の通院付き添いまで、親身になって世話をしています。認知症の進行により介護負担は増すばかりですが、頼りの姪もまた高齢で、大病を患い定期受診と服薬が欠かせません。一方で自宅も老朽化が進み、大雨が降ると屋根の雨漏りで玄関が水浸しになります。しかし、年金・預貯金が少なく生活費もギリギリといった状況ではリフォームもかないません。
そんな中、認知症の症状の進行は止まりません。通帳やマイナンバーカードの紛失が続き再発行を繰り返す、生活費を渡した翌日に「お金がない」と訴える、知らない男が自宅に侵入し高価なものを持ち去ったという、殺人犯が部屋の隅に隠れている…。幻覚やものとられ妄想が激しくなる中、ケアマネジャーとしては、在宅生活の限界と施設入居を考えざるを得なくなってきました。
看護師を毎日に、福祉用具貸与で褥瘡対策
ケアプランで留意したのは、認知症の1人暮らしによって起きる様々なトラブルを減らす工夫でした。
・和室の狭い場所に座布団を敷き、寝返りも打たずに寝ていたため、右腸骨に褥瘡が。まずは福祉用具貸与で「床ずれ防止用具」を導入。訪問看護を増やすことで皮膚トラブルに対応。
・エアコンが居間にしかないため、夏・冬は居間の椅子に座って寝ることにより下肢浮腫が悪化。これには「特殊寝台・特殊寝台付属品」の導入により改善。
・服薬が正しく行われているかどうか不明。訪問看護と訪問介護が協力し薬と水を手渡しし、声をかけて飲み込むところまで確認するように。
・入浴を好まず、動作も難しいことから、入浴特化型の半日デイサービスを初回ケアプランで導入。(1回きりで続かず)
・成年後見制度も検討したが、後見人への手数料支払いに姪が消極的で断念。
・令和6年1月には介護保険の区分変更を申請、要介護3に。
地元に特養が開設される
施設入居のタイミングを考慮しながら支援する日々が約2年続きました。金銭面から選択肢は特養しかなく、それもユニット型は無理で多床室に限られます。地域では希望者が多く数年待たねばなりません。令和7年に入ると排泄の失敗も頻回になりました。電子レンジで食品を焦がしたり、ガスの消し忘れも増え、ついに医師から「在宅はもうムリ」と告げられます。そんな折、運よく地元に特養が1年後に開設される情報を入手します。早めに申し込めば多床室でも可能性があると思い、姪御さんと相談のうえ即申し込みました。
しかし、本人の意思を確認できていたわけではありません。在宅の継続が難しくなった今、状況を説明し施設入居への承諾を得る必要がありますが、相談しても本人の返事は毎回異なります。そこで、特養開設4か月前から短期入所生活介護をケアプランに追加して利用、ショートステイの機会を増やして宿泊経験を通じる中で本人の施設の生活に対する反応を確認することにしました。結局、最後まで言葉としては本人の意思は確認ができませんでした。
ガイドラインに沿った対応ではあるけれど
令和8年3月、無事Aさんは開設された特養に入居することができました。新築ですから、多床室といえども個室に準じた開放感があります。その後の生活状況を施設関係者に尋ねたところ、「フロアーのソフアーに座り利用者さんと談笑されていますよ」「帰宅願望の言葉はないですよ」とか。姪御さんも私もほっとした次第です。でも、それをもって成功事例というわけにはまいりません。終わってみれば1人暮らしの認知症高齢者を無事に施設入居まで支援できたわけですが、施設入所前にAさんから「私この施設で暮らしたい」というはっきりした意思を聞けなかったからです。
生まれ育った地域の新しい施設入所です。万一なじめなかったとしても自宅は近いので一時帰宅も可能でしょう。とはいえ、それが本人の意向であると断言はできません。今回の支援は厚労省が発出したいわゆる『認知症の人の意思決定支援ガイドライン』に準じて行いましたが、居宅のケアマネジャーとしてはモヤモヤしたものが残っています。例えばもっとインフォーマルなサービスを入れたなら施設入居に傾かず、在宅でもう少し頑張れたのではないかなどと考えています。
事例概要
利用者/A氏(84歳・女性)
要介護3
(令和8年3月時)
障害高齢者の日常生活自立度/A2
認知症高齢者の日常生活自立度/М
既往歴/レビー小体型認知症(MMSE 17/30、CDR3点)
幻視・妄想など顕著、見当識低下・短期記憶低下。
中等度から高度認知症へ移行期
脊柱管狭窄症
食事/ヘルパーが、本人が好む総菜・パン・おにぎり・お寿司など購入。
配食弁当は嫌いと野良猫にあげてしまう。
服薬/薬と水を手渡しして声をかけ飲み込むまで確認。
通院/月1回、姪が付き添い通院
排泄/尿・便失禁が増えているが、取り換えず衣類や寝具を汚してしまう
入浴/訪問看護・介護時、姪が訪問時に声をかけ促す。
数か月に1回入浴する程度。
ADL/室内はゆっくり自力歩行。椅子やベッドからの立ち座り動作は自立。
外出時はシルバーカーを押し、休み休み歩く。右腸骨の褥瘡は改善。
家族/未婚、1人暮らし。キーパーソンは他県在住の姪(78歳)
※本人およびご家族の許可を得て掲載しています。(一部修正あり)
今回のポイント
言語による意思表明がすべてではない。
表情・仕草・行動などから意思をくみ取る。
在宅の意味の重さが違う
在宅で支援することの価値や意味合いは利用者によって異なります。本事例ではまず、Aさんにとっての“在宅の重み”を推察することから始める必要があります。「自分で購入した家」は、単に高額な買い物をしたにとどまりません。Aさんと私たちでは生きてきた時代や、社会における女性の在り方が大きく異なります。結婚しないと、子どもを産まないと一人前の女性ではないと言われた時代に社会に出て一人で働き、生計を維持し自力で家を持ちました。
そこから離れて施設に入所することは何を意味するのか。その家に暮らすこと、それは彼女の自負・矜持であり、がんばり続ける根っこだと想像できます。深い共感的理解ができるケアマネジャーの藤原さんは何に葛藤していたのでしょうか。第一にご本人の大切な価値観である家での暮らしを何とか継続できないかということ。もう一つは、本人の明確な意思が確認できないまま特養入所の選択をしたことです。ここなら行ってもいいかな、という程度のくらいの簡単な意思確認でもできていたなら、ここまで悩むことはなかったでしょう。
意思実現支援に確信を持てなかった
厚生労働省の『認知症の人の意思決定支援ガイドライン』(私もその検討委員として作成に参画)によれば、意思決定支援には3つの段階があります。➀意思を形作っていく「意思形成支援」、②形成された意思を表明する「意思表明支援」、➂それらを実現する「意思実現支援」です。本事例は、利用者さんの意思は形成されていますし、家で暮らしたいという意思も表明されている。最後の実現支援だけ確信が持てなかったケースです。では,どうすればよかったのか。藤原さんの対応を高く評価したうえでひとつ補足させてもらえば、「言語による意思表明がすべてではない」ということです。
利用者さんの意思には、言語によって語られる部分のほかに非言語的な表現、例えばお顔の表情によって、仕草によって、行動によって語られる部分もあります。そういう意味でショートステイの利用はすごく良い発想で、この間に言葉にすることのできなかった意思をくみ取っています。例えば、明らかに部屋にこもる、他者との接触を嫌がる、食事をとらない、体調が悪そう、元気をなくす、家に帰りたがるなどの兆しをチェック。明らかに介護を拒む兆候は見られませんでした。
特養入所でその後の人生が決まる
とはいえ、本人の言葉で聞けなかった施設入所の決断は葛藤を引き起こします。そんなことにこだわっていたら身がもたないと、右から左に流してしまう人もいるかもしれません。しかし、倫理的感受性の高い藤原さんにはそれがずっと引っかかり、支援が終了した今もずっと後を考え続けているのです。
一人暮らしが難しくなり施設に入所したAさんには、今後、在宅復帰への軌道修正はほぼ不可能といってよいでしょう。ですから、Aさんにとって「住まいを変える」ことは、Aさんが生を全うするまでの今後の毎日のありようと、その集積である人生を決定づけるほどの重みのある行為です。。まさに尊厳や権利をまもる観点から、意思決定支援においてケアマネジャーはじめとする専門職の認識と覚悟が問われるのです。
なお、ケアマネジャーをはじめとする専門職は、意思決定支援は、➀意思形成支援と②意思表明支援の2つは必ず行います。また、③意思実現支援も当然チームで努力します。望むからこそ実現することもありますが、すべてが叶うとは限りません。
逆に専門職は実現可能性のあることだけに耳を傾けるのでもありません。実現可能であるかは別として、関心をもってその人の意思が受け止められる状態が尊厳と権利がまもられる環境といえます。

