研究・事業助成採用事例Examples of research and business grants
株式会社ケアーズ 坂町ミモザの家 管理者
吉住 真紀子氏
令和6年度(第35回)/福祉用具の開発及び活用・効果・安全管理に関する研究
看多機に導入して分かった。在宅にもリフトが
入れば、ご家族の負担はかなり軽減されると思う。
ベッドから車いすへ、車いすからベッドあるいはトイレの便座へ。日に何度も繰り返す「移乗」は、介助者はもちろん利用者にとっても心身ともに負担の大きい作業だ。その有効な軽減手段の一つにリフトがある。「坂町ミモザの家」(東京都新宿区)管理者の吉住真紀子さんの『看護小規模多機能型居宅介護(以下、看多機)における移乗用リフトの導入・活用における研究』は、看多機という在宅に最も近い環境でそれを実証してみせた。看護師になる前は福祉用具専門相談員として15年のキャリアを有する吉住さん。福祉用具のプロの視点が現況分析に説得力をもたせた。
なぜリフトは普及しないのだろう?
「腰痛に悩むスタッフはラクになり、利用者さんも移乗時の緊張から解放される。リフトは介護現場に間違いなく必要なのに、なかなか普及しないのはどうしてなのか不思議でした」
看護師よりも福祉用具専門相談員のキャリアのほうが長いという吉住さん。福祉用具企業に勤務していた時は、電動車いすや階段昇降機を在宅に紹介しており、特に移乗とか車いすシーティングに力を入れていたという。そういうバックグラウンドを知ると、リフトのニーズがさほど高いとは思えない看多機の管理者が、なぜ移乗を、リフト導入を研究課題に選んだかが見えてくる。
「のちに看護師になって、実際に現場で使う立場になってみると、移乗の際に頑張って腰を痛める人が多いことをことをあらためて痛感しました。でも看護師として働いてみると、他にやることがいっぱいあってリフトの上げ下げどころじゃない。そんな感覚も分かるようになりました」
「坂町ミモザの家」が最初にリフトを設置したのが2016年。補助金制度を活用してまずは1階の浴室にリフトを付けた。2階にある個室(4室)にも入れたかったが資金面でショート。それでも、どうしても必要と考えた吉住さんは会社に掛け合い、リースを組んで2室だけでも入れてもらうことにした。場所を取らず、ベッドをまたぐように設置する「天井走行式リフト」にした。それが2023年秋で、実は、研究助成に応募する前にすでにリフトは入っていたことになる。
立教大学 コミュニティ福祉学部福祉学科の白石敦子先生と共同で、全国の看多機にもれなくアンケートをとり、リフト導入の有無やその効果を調査する──この種の調査は導入前に実施し、自身の設備投資の参考にするのが普通だ。坂町ミモザの家では、その逆で、導入した後に調査を実施したかたちとなった。
施設外観
大広間の様子
看多機の2割が導入予定なし
「通い」「泊り」「訪問(看護・介護)」を一つの事業所でできる看多機は、今も昔も数が少ない。しかし全国に1013カ所もあった。そのすべてにアンケート用紙を送付し、190カ所から回答を得た。質問項目は「日常的に移乗をしているか」「リフトを設置いているか否か」「設置しないその理由は」など。設置していたのはわずか24事業所、部屋に設置しているとなると11事業所に限られた。
「設置数は少ないけど予想どおり、特に部屋となるとにこんなものかなと思いました。リフトを部屋に設置している事業者の評価は、よかったという回答がほとんど。スタッフの腰痛の訴えは減ったし、安全に移乗できるようになったと。坂町ミモザの家でも、実際にリフトをいれてみると利用者さんも無理なく移乗できるので変に体に緊張が入らず、車いす上でちゃんと座位姿勢がとれるようになりました。また、参考にした別の調査では、リフトによる無理ない移乗は拘縮を助長しないので、その分食事介助にかかる時間が減ったとか、おむつ交換の時間が短縮され、総合的に考えてむしろリフト使った方がいいという結論に達しています。」
一方、設置したいのにできない理由の第一はやはりお金の問題だった。いい補助金がなく自費では導入できない、設置スペースがない、職員が反対する(危ない、時間がかかるなど)という意見もあったが、ここまでは想定内。吉住さんが最も衝撃を受けたのは、設置したくないし、今後も検討する予定はないという、リフトを真正面から否定する事業所が少なくなかったことだ。
「職員による人的介助だけで十分と答えた事業所が導入予定なしの2割近くあったのには驚きました。リフトに関する正しい知識・情報や体験機会が不足していること、意識改革が必要だと再認識させられました」
リフト
車いすシーティングも広まってほしい
坂町ミモザの家は、登録25人、泊りの利用定員5人。小規模な看多機を象徴するような小さな事業所だ。四谷駅から徒歩10分の都心の一等地にあるが、見た目は完全な個人住宅だ。それもそのはず、もともとミホさんとモトさんという仲良し老姉妹が暮らしていた民家で、看取りをした娘さんの「地域に役立ててほしい」という想いもあって誕生したという。ミモザの名前の由来もそこにある。
リフトというと初心者は、利用者さんをクレーンのように吊り上げた什器や大規模施設の浴室をイメージしがちだ。ミモザの家はその真逆で、建物の構造も間取りも普通の民家と大きく変わらない。リフトも、最初はどこに設置してあるのかわからないほど。天井走行式のリフトは設置場所もとらず、ベッドを支える支柱のように自然に部屋に溶け込んでいる。介護スタッフも、利用者さんも、ご家族も、おそらくそんな感覚を持つに違いない。それでいてスタッフの力技を引き受ける頼もしい助っ人となり、利用者の無用な緊張を取り除いてくれる。いろんな看護・介護サービスが集中して行なわれる看多機には、いや在宅には、リフトは似合うのだ。
「ここではリフト使えるけど、家に帰るとないんです。看多機はまるめのサービスで、料金は月いくらと決まっています。介護度が上がると料金も上がるため、在宅でリフトを使おうものならそっくり自費負担となります。介護保険内では収まらないので、簡単に借りてくださいとお勧めできません。家でもっと使えるようになればいいんですが…」
と、吉住サンはこぼす。昔取った杵柄と言おうか、車いすシーティングに力を注いできた福祉用具専門販売員らしいコメントが続いて口をついて出た。車いすシーティングとは、車いすを使用する方に合わせて、適切な車いすを選び、最適な状態に設定・調整するための理論と技術のこと。リフトの勧めから最後は車いすシーティングの話になった。
「坂町ミモザの家の場合、リフトもあるし重度の方も普通の車いすに座って通えています。ちゃんと合わせてあげれば普通型の車いすでほとんどの人は大丈夫なんです。リフト同様、車いすシーティングももっと広まってほしいですね」
最後に、今後の研究予定について聞いてみた。
「本テーマの継続研究をやりたいと思っています。実際にリフトを入れた事業所のその後を追跡調査してみたい。でも、2年連続の採用はないと聞いてるので、次のタイミングを目下検討中です」
連絡先
坂町ミモザの家
〒160-0002
東京都新宿区四谷坂町6-5
電 話:03-3351-1987
ホームページ:www.cares-hakujuji.com/services/mimoza