日日- HiBi - Day-to-Day
褪せない、記憶―
ふいに、役所から届いた1通の手紙。実家の植
木用のアーチが錆びて倒壊しかかっていた。
言い訳だが、昨年末に父を看取って以来さまざまな
手続きに追われ、空き家を放置してしまっていた。
対処して欲しいとの通知に、主人と緊急対策本
部を立ち上げ、軍手やら工具などを携え駆けつけた。
「あら、甘雨ちゃん」隣人のOさんの懐かしい声。
ちょうど今朝、美化運動の日だったのよ、と。
我が家を縁取っていた草を刈り取ってくれていた。
アーチの解体や草むしりで出たゴミも、
「置いていきなさい、捨てといてあげるから。
ずうっとお隣さんだったのよ、そのくらいさせて」と、
辞退をゆるさない熱烈な声と眼差しで。
父の庭の全盛期には、アケビ、巨峰、ザクロ、
キウイ、柿…中でもブルーベリーはご近所さんにも
好評で、その収穫は幼き私の“シゴト”だった。
ヒヨドリから守るためのネットの内側に入り、
ボウルいっぱいに実を摘む。母特製のジャムを朝食の
トーストにてんこ盛りにして頰張る。舌が赤紫色
に染まったのを見せあっては、家族3人で大笑いした。
いまでも眼裏に浮かぶ光景、その鮮やかさ―。
誰もいない家にも、等しく時は流れる。上に上に
と伸び行く蔦を伐りながら、ぼんやりと実家と
お別れをする覚悟らしきものが芽生えはじめた。
決して色褪せることのない、残像たちを胸に抱きながら。


