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ふれあいの輪は、新しいホームケア・在宅介護を目指して、
(公財)フランスベッド・ホームケア財団によって
運営されています。

ふれあいの輪

在宅ケアケース事例Home care case example

石山 麗子氏

国際医療福祉大学大学院
先進的ケア・ネットワーク開発研究分野
教授

石山 麗子

定期巡回型サービスとリハビリを
両立させる方法を考えたい

高次脳機能障害は、脳損傷に起因する認知障害全般を指します。こうした患者さんを在宅でケアする場合、リハビリによる適切な身体機能回復訓練が重要ですが、支給限度基準額に制約がある中、ともすれば訪問リハビリは後回しにされがちです。本事例は、定期巡回・随時対応型訪問介護看護型サービスとの併用時に起きた問題点に着目しました。

今回の事例

ケアステーション ダッシュ
居宅介護支援事業所

杉ノ内 晴美
介護支援専門員(主任介護支援専門員)
福祉用具専門相談員

支援経過

高次脳機能障害の特性を踏まえたケアとは

地域包括支援センターの紹介でAさんを担当したのは、今から7年余り前のこと。ワンルームのアパートに一人暮らしの男性(71歳・要介護3)で、主たる介護者は近くに住む弟さん。年金と生活保護受給で経済的に大きな問題はありません。

交通事故の後遺症から、高次脳機能障害、脳挫傷後遺症、糖尿病などを抱えていましたが、食事や排泄(トイレ)は自立、買い物も毎日、道路を挟んで目の前のスーパーまで自分で買い出しに行きました。

お風呂は水曜日のデイサービスでの1回と、自宅でヘルパーの入浴介助で週2回。あとは看護師が身体を拭く程度。皮膚が弱く、足指にできた水虫を悪化させないよう看護師に、その他、糖尿病の食事療法のため、管理栄養士に入ってもらっていました。

ケアプランを作成時に留意したのは、高次脳機能障害の患者さんの特性として、サービスの必要性や何に困っているのかを、当人が理解できないことでした。このサービスを使うことであなたはどういう風によくなるのか、そこを分かってもらう体制づくりに3ヶ月を要しました。

また、これはAさんの性格に起因することですが、新しいことをするのはあまり望みません。毎日、同じような繰り返しが安心するタイプ。ですからリハビリの手順を変えたり、サービス内容を少しでも変えることには抵抗を示し、最悪の場合、ヘルパーに手を上げたこともありました。

倹約家で、お金は1日1000円までと決めていました。それは結構なことですが、食材は毎日同じものを買い、ヘルパーさんが最低限必要と考えるものには耳を傾けてくれないなど、独特のこだわりが介護の質、ひいては生活の質を下げはしないかと危惧していました。

災害時に避難できる脚力を

糖尿病を意識した食生活を尊重しつつ体重変化を見守る一方で、地道な訪問リハビリを積み重ねてきました。関節可動域を広げ、下肢筋力づくりに励みました。その結果、この5年間で歩行の持久性はもちろん、立ち座りの回数や握力などに、顕著な改善が見られました。

なぜ、リハビリに力を入れたのか。高次脳機能障害からの回復と同時に、B区というロケーションの問題が頭にありました。海抜が低く周囲を川に囲まれた地域では、災害や台風時に水害から身を護るために高所への避難が求められます。

要介護者や歩行困難者にとってはまさに死活問題。生き残るためには自力で階段昇降できる脚力が不可欠となり、最悪の場合も、避難場所まで連れて行ってもらうための最低限の歩行耐久力が求められます。在宅においてもBCPや災害時避難計画の視点が必要なのです。

また、スマートフォンが使えず、他に通信コミュニケーション手段を持たないAさんのために、双方向通信ができる通信機器をご自宅に設置しました。現在は、「おクスリ飲みましたか?」「きょうはデイサービスの日ですよ!」といった呼びかけに使用しています。

定期巡回型サービスとリハビリの両立は可能か

コロナの影響もありますが、年を経るごとにAさんの会話量・活動利用が減っていくように感じました。他者とのコミュニケーションが減り、最近では片言の「ウン(肯定)」「ウウン(否定)」で済ませている様子。

高次脳機能障害の特性から考えて、口周囲筋を意識した運動を行うことで表情を豊かにすることができると考え、口周囲筋を動かすことで会話量・活動量の不足を補うよう心がけました。

なお、この4月から「定期巡回型・随時対応型訪問介護」を導入しました。同サービスの特徴は、介護や看護スタッフが何かあれば夜間でも、「随時かけつける体制を24時間整えている」こと。計画作成責任者が訪問日時、具体的サービス内容・所要時間など、ケアの詳細を決めることができます。

通常の訪問介護を定期巡回型のサービスに変えた背景には、1つの事件がありました。ある時Aさんは、スーパーで買い物をした際にレジを通さずに出てしまい、万引き容疑で警察のお世話になったことがあったのです。もちろん故意はないのですが、今後、こうしたことが起きないように、新しいサービスを導入したのです。

しかし、定期巡回型サービスを入れたことによって介護サービス(要介護3)の支給限度基準額が圧縮され、訪問看護STの理学療法士が提供するリハビリが自費となり、リハビリの時間が大きく減ってしまったのです。

新体制にしてまだ2ヶ月間。以前との比較はできませんが、それまで目を見張るようなリハビリ効果が出ていただけに、今後、身体的にどのような影響が出てくるのか、心配でなりません。うまく両立させる方法はないのでしょうか。

(令和4年12月時点)

障害高齢者の日常生活自立度/A1

認知症高齢者の日常生活自立度/Ⅱb

疾  患/高次脳機能障害、脳挫傷後遺症(左側頭葉 硬膜下血腫)、廃用症候群、進行性の四肢関節拘縮、脂漏性皮膚炎、糖尿病

家族構成/独居。協力的な弟がいる。

身体状況/独歩、肩関節拘縮。ベッド上端坐位でテレビを見て過ごす。

食  事/スーパーのパン、おにぎり、弁当を購入。ヘルパーがサラダを作り提供。

排  泄/月4回は排泄の失敗はある(排尿・排便)。綿下着使用。トイレで排泄。

社会交流/サービス事業所職員。医療等の職員。

外  出/毎日歩いて目の前のスーパーに買い物。通院、薬局、理容店、銀行に行く。

Aさんのデータ

コロナ期間:2019.12-2023.5

2016年12月より理学療法士介入

2016年から2023年まで:8年間
(要介護1から開始し現在要介護3)

右握力 左握力 立ち座り回/30秒 理学療法士との外歩行距離
最低値 2.9㎏ 5.0㎏ 8回/30秒 300m
最高値 15.1㎏ 15.2㎏ 21回/30秒 1000m
2023年5月現在値 14.6㎏ 14.2㎏

※2023年4月~サービスを変更し、リハビリがなくなり、1回/週の機能訓練型の通所へ

今回のポイント

医療介入が必要な際の、
他のサービスとのすみ分けに
正解はない。
肝心なのは結果よりプロセス。
医療者と相談して
判断していかねばならない。

正解はない。
〝この方の場合〟はこうする

高次脳機能障害は脳損傷に起因する認知障害全般を指しますから、現れる障害やその症状も人によって大きく異なります。それによってケアのしかたも全くちがったものになります。したがって、これが正解というケアマネジメントはなく、「この方の場合はこうしたほうがいい」という完全個別対応型の支援になります。ここが第一のポイントです。

本事例の場合、独居の利用者ということもありサービス導入までに3ヶ月を要しました。高次脳機能障害にかぎらず最近はこういうケースが増えているようです。理解に時間がかかるという意味では認知症の方も同じです。給付管理が発生して収入に結びつくのに時間がかかりますが、結論を急ぐことなく、粘り強く利用者さんに関わっていく姿勢は素晴らしいと思います。

特に本事例のように、独居で生活されている人の場合、適切な医学的管理をめぐって悩むことが多くなります。医療のサポートが必要だけれど、生活基盤がしっかりしたうえではじめて医療が考えられる。そのため、どうしても生活優先となり、支給限度基準額を超えて自費となるため、医療のサービスが導入できません。これはケアマネジャー共通の悩みとなっています。

看護もついてくる定期巡回型

結果的に相談者は、「定期巡回型・随時対応型訪問介護」を選びました。同サービスは、日中帯だけでなく夕方から夜間・早朝にかけて心配がある方、サポートが必要な方におすすめです。一体型と連携型があり、連携型であるならば大きな事業所ならずとも対応可能です。

24時間のオンコール体制があるので、本事例のように独居の人の場合でも、突発的な事態が発生したときも本人やご家族が判断するのではなく、深夜や未明でも専門職の判断を仰ぎながら訪問の必要性を判断してもらえます。訪問介護だけでなく看護も一緒についていて、医療的なことも相談できるので安心です。

ただ難点もあります。定期巡回型は要介護状態区分ごとに単位数が決まっていて、しかも包括報酬(まるめ)になっているので、他のサービスと併用する場合はその枠内でやりくりしなければなりません。本事例では、着々と効果を上げていた訪問リハビリサービスを大きく減らさざるを得なくなりました。定期巡回を使う以上は必ずついてまわる問題です。

評価したい災害時避難行動計画の視点

くどいようですが、正解はありません。むしろ私が気になるのは、このように難しい状況の中、「どの時点で、どのようなことを優先しなければいけないか」、医療者を含めて相談したプロセスが見えてこないことです。実際には行われていて、ここに書かれていないだけかもしれませんが、「訪問リハにしわ寄せがいくがどうするか・・・」、医療者、特に主治医と担当の理学療法士と相談することは最低限必要です。

本ケースのリスクは、上記の災害時対応と高次脳機能障害による生活上、問題となる行動だけではありません。71歳で糖尿病があり、独居で高次脳機能障害であることを考慮すると、心筋梗塞や脳血管疾患等、ひとたび発症すれば心身状態が大幅に悪化し、現在の生活の継続を揺るがしかねないリスクがあります。現在と将来に及ぶリスクを総合的に考慮し、生活の基盤を整えながら医療をどう受けていくか──利用者と相談のうえで判断していくプロセスが大事かと思います。

本事例で評価すべきポイントは、災害時の避難計画に着目しているだけでなく、実際に避難できる脚力の養成に努めた計画作成ができていることです。災害時に利用者さんにどう避難してもらうかという、「在宅における災害時避難行動計画の視点」とその実現支援が、今、介護事業者にも求められる時代になってきました。

自治体も災害発生時の役割分担を検討しており、ケアマネジャーも避難行動計画の要員となっている自治体があります。本事例では、どう避難するか以前に「安全に避難できる脚力をつけるために日々のリハをどうするか」に頭を働かせています。一歩先を行く危機管理意識で、今後、ケアマネジャーに求められる資質かと思います。