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ふれあいの輪は、新しいホームケア・在宅介護を目指して、
(公財)フランスベッド・ホームケア財団によって
運営されています。

ふれあいの輪

知っとく!Shittoku

秋下 雅弘氏

社会福祉法人 陶都会
事務局長

田中 良和

●プロフィール たなか・よしかず
大学卒業後、2002年に地元の医療法人に入職、院長秘書として医療福祉業界について学び、特別養護老人ホーム、認可保育園の立ち上げに関わる。2011年に陶都会に事務局長として入職。養護老人ホームの建て替え、組織・経営改革を推進。

農業がハブ。
高齢者が主役の
農福連携のまちづくりとは

社会福祉法人陶都会は、岐阜県多治見市の市内を一望できる丘の上に「ドリーム陶都」(特養)を運営している。一見、何の変哲もない地方の介護施設だが、高齢者の生きがいや地域との繋がりづくりにまで踏み込んだ施設運営が、地域の注目を集めている。目指すは『高齢者が主役の農福連携のまちづくり』。経営改善を強力に推進する田中良和事務局長が青写真に描く、農業をハブにした社会福祉法人の未来とはいったい何なのか。

社会福祉法人 陶都会

農作業の翌日は心身ともに快調
要介護の高齢者もきっと同じはず

施設を空撮すれば一目瞭然だが、「ドリーム陶都」の周囲には広大な農地が広がっている。畑ではじゃがいも、さつまいも、シイタケを栽培し、ビニールハウスでイチゴをつくり、鶏舎ではアローカナ(鶏の一種)を飼育する。ロビーに貼られたスナップ写真も、苗の植え付け、稲刈り、収穫などの農作業風景が中心。2018年度農山漁村振興交付金(他出 農林水産省)を利用して整備した法人敷地は約2,000㎡に及び、循環型農業が行える環境にあるという。田中さんがこうなった経緯を説明する。

コミュニティーハウス

「始まりは、自然を通して介護の本質を見つめ直そうとしたこと。身体介護や病状のコントロールだけでなく、入所者さんに対し、季節感、食事に対する意欲、感動、社会的役割、接点を感じていただく活動が必要だと思ったから」

「私自身、26歳から趣味の家庭菜園(有機栽培)をやってきたのですが、土・日と畑に出て体を動かすと翌日はすごくパフォーマンスがいいんですよ。勤め人にとって月曜はかったるいものですが、農作業をした翌日は不思議と心身ともに軽快。人間も本来自然の一部ですからね。きっとこれは要介護の高齢者にも有益だと考えたのです」

ハウス内、イチゴ苗の定植の様子

戸外のレクリエーションプログラムが増えたような感覚だったろう。しかし月日が経ち、農園での栽培技術を外部の専門家に教わったり、あるいは収穫した野菜や果物をジャムなどに加工し食品の販路を拓くために市民と交流するうちに、入居者の畑仕事への意欲や日々の暮らしぶりに変化がみられるようになった。

「活動や発想の幅が広がり、皆さん元気になってきたんですね。外とのつながりが増えていくにつれ、たぶん介護だけやっていたら出会わなかったであろう人たちとの接点も生まれました。農を起点とした法人機能の多角化、多機能化が進んだのです」

“高齢者が主役の農福連携”を、ただ施設の中だけでやってるのはもったいない。自身の提案が評価され、思いがけずに農林水産省の交付金を得ることに成功した田中事務局長は、2018年から本腰を入れて農福連携に取り組むことになった。

農作物 大根

アローカナの餌やり(車椅子の方も可能)

社会福祉法人というより、
“社会課題解決型法人”でありたい

農福連携というと、障害者施設などで実践されている農家とのマッチングを思い起こす。障害者は近隣の農作業を手伝うことで収入を得、農家は人手不足が解消され助かるという図式だ。しかし、陶都会が提唱する農福連携は、もっと地域や社会との関わり方の密なもので、田中さんはあえて“高齢者が主役の”という但し書きを付して言う。

「高齢者が主役の農福連携は、要介護高齢者(希望者)が施設の目の前の農園で農作業を楽しみながら、訓練と意識しない間に機能回復訓練を行い、冒頭で述べたような季節感、食事に対する意欲、感動、社会的役割、接点を感じていただきます。そのために私たちは独自の“福祉農園マニュアル”を作成し、それに準じて活動しています」

さくらいろ保育園

マニュアルには、農作業初心者の職員にもわかりやすいよう作業のポイントがまとめられている。また、要介護高齢者のレベルに応じた作業内容と手順、期待される効果が記されている。畑仕事の経験がなくても、これにより農業生産から加工・販売まで、要介護高齢者を交えて一貫して取り組むことができる内容になっている。

もう一つ特徴的なのは、農業との関わり方のベースに“循環型の有機農法”を採用していることだ。化学肥料や農薬などだけに頼るのではなく、一般家庭や畜産業などから出た本来ならば廃棄する物を肥料として再活用し、環境の負荷軽減に繋げる循環型農業を実践している。自身の家庭菜園も有機栽培にこだわる田中さんらしい。

「生ゴミ、米ぬか、もみ殻、落ち葉などを堆肥化して利用しています。養鶏についても自然卵養鶏法を採用することで、地元企業から出るおから、くず米などを利用した自家製発酵飼料を与えることができる。このように、高齢福祉専門法人としての地域・社会との関わり方ではなく、“社会課題解決型法人”として、分野問わずに挑戦する社風を形成したいと考えています」

そもそも、社会福祉法人に課せられた使命とは何なのか。それは、「福祉を中心に社会(まちづくり)をよりよくする」ことではないのか。介護施設が内なる存在に終始せず、外に向かっていろいろと発信することは本来の姿。まちづくりに対する職員の意識は年々高まっていると、田中さんは感じている。

「地域にはいろんな社会課題があります。社会福祉法人陶都会としてみると、高齢福祉の専門家としてそれに取り組んでいかなくちゃならないし、地域課題に対してもまた挑戦しなくてはいけない。幹部職員からそういう気づきが生まれてきたことをうれしく思います」

2020年、陶都会は「認定生活困窮者就労訓練事業」に着手した。これは、就労に困難を抱えている人を対象に、農作業、介護補助業務の選択制でジョブコーチ5人を在籍させ、社会福祉協議会、市内の教育機関とも連携させながら受け入れるというもの。

成果は少しずつ実を結んでいる。今年4月、敷地内にオープンした「さくらいろ保育園」は、自然と触れ合う保育を理念とする別法人の運営によるものである。農園を中心として、高齢者、子育て世帯、ひきこもりで社会復帰したい人などが集まる──ドリーム陶都は地域の高齢者施設のシンボルから、農業をハブとした多世代交流拠点に、その可能性を大きく広げようとしている。

明らかなADLの維持・改善
特に認知症のBPSの改善に効果が

ところで、農福連携の取り組みは入居者や介護現場にどのような変化をもたらしたろうか。田中さん自身は介護の専門職ではなく、介護現場で働いた経験もない。いわば事務管理者哲学や世界観を無理やり押し付けられたとしても、主人公の高齢者に負担を強いるものとなっては本末転倒となるからだ。

「農作業をした人のADLの維持・改善、体感として強く感じるのはBPSD(認知症の行動・心理症状)の改善です。それによって病院受診が減少した例も見られます。まさに、答えは農園(自然)にありですね。とりわけ、コロナ禍で外出や面会が制限された期間、農園が果たした役割は非常に大きいものがありました。農園散策が貴重な思い出づくりに繋がったと、ご家族からも大変感謝されました」

陶都会の経営改革者であり、地域発の農福連携の発信者であるところの田中事務局長。高齢者福祉を主とした社会福祉法人から、社会課題を解決する社会福祉法人へと進化していくために、実はいくつものアイデアをもっているという。最後に、その中の三つを簡単に紹介してもらった。

多世代交流拠点 現在の様子

「今後活発になるであろう社会福祉連携推進法人の在り方についていえば、これまでの福祉×農業に加え、観光の要素を絡めると面白いと思います。福祉×農業×観光のワーケーションですね。そうすることで連携する法人間での職員の出向・交流が生まれるだろうし、結果、福祉人材の専門性だけでなく人間力、厚み、俯瞰力が養えます。さらに、地域の観光や景観の活性化にも貢献できる」

「二つ目は福祉業界の縦割り解消です。農福連携で実現した法人の多角化、多機能化の実践例を起点としながら、高齢者、障害者、こどもといった福祉の縦割り(垣根を)解消しながら、今後、ますます複雑化するであろう福祉ニーズ や、制度の狭間(グレーゾーン)への対応を急がねばなりません」

農園全景

「三つ目は、なってからではなく、ならないためにどうするか。もっと“予防”を突き詰めていくことです。要介護状態、あるいは病気になってからどうするではなく、要介護状態、あるいは病気にならないためにどうするかをやっていかないと。農業体験でも、収穫体験でもいいですから、若いうちからどんどんここにきてもらって、いろんな人との出会いを重ねる中で感性を磨いていってほしいと思います」

まだまだ熱く語り続ける田中さん。高齢者が主役の農福連携のまちづくりは、まだ緒についたばかりという。

連絡先

社会福祉法人 陶都会
〒509-5202
岐阜県土岐市下石町304-839
電話:0572-57-5722
Web:https://tohtokai.jp/