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(公財)フランスベッド・ホームケア財団によって
運営されています。

ふれあいの輪

介護最前線Front line of Nursing

熊澤 和秀氏

医療法人偕行会

海外人材開発部副部長 熊澤 和秀

インドネシアの看護学生を
雇用・定着させる
独自のスキームを開発

9月28日、中部国際空港に16人のインドネシア人が降り立った。医療法人偕行会(愛知県名古屋市)が運営する県内の病院や介護福祉施設で働く若者たちで、女性はみなヒジャブで髪を隠している。彼らもまた「特定技能」を活用して来日したが、他の外国人介護人材と大きく異なるポイントがある。それは、全員が母国の看護師や助産師の免許を持つ医療人の卵であることだ。外国人介護人材の獲得競争が激化する中、なぜこのような採用が可能なのだろうか。その秘密を聞きに行った。

医療法人偕行会

医療法人偕行会 名古屋共立病院

研修風景

インドネシア政府とタイアップ

偕行会グループは、透析医療で知られる医療法人である。東海エリアを中心に全国18の透析クリニックを運営。透析患者数は現在3,500人を超え、業界3位規模を誇る。ほかに4つの病院、100床規模の老人保健施設を2つ、グループホーム・小規模多機能などの介護事業所15を擁している。

外国人介護人材受け入れにおいても、業界をリードする存在にある。今年発表したインドネシア行政府と連携した「独自の特定技能受け入れスキーム」は、人材不足にもがく介護業界に強烈なインパクトを与えた。9月末、その第一陣となる16人が来日。現在、職場配属前の研修を受けている。

「我々が考えたのは、インドネシアの行政とタイアップすることで、看護大学の卒業生や現役の看護師を採用する仕組みです。特定技能は試験にパスすればだれでも取れますが、我々としてはできれば医療・介護の基礎知識、専門性のある人が欲しいので」と、海外人材開発部・熊澤和秀副部長はいう。

日本には今日、いろんな在留資格をもった外国人がやって来る。しかし、本当に欲しい人材の採用は難しく、採れたとしても言葉の問題や日本の職場になじめず辞めていく人が少なくない。そんな心配のないように、“人材の募集から来日後の就労開始までの約1年間一括して管理する”ことで、外国人の受け入れと定着を有利に進めようというのである。

研修風景

80人の外国人スタッフが在籍

総務省によれば、日本の高齢者人口は2040年には3,900万人、その割合も35%以上に達するといわれる。介護人材不足は火を見るより明らかだ。現状でもすでに22万人不足しており、2年後には32万人に、2040年には約69万人不足するという惨憺たる状況にある。熊澤さんは続ける。

「医療、看護補助者の人材配置に苦労するのは目に見えていたので、我々も数年前から人材確保に躍起になって取り組みました。ところが、人材紹介会社に頼んでもなかなか欲しい人に出会えない。面接までこぎつけても当日現れないとか、採用経費がかさむだけで状況は一向に改善されなかった。我々だけじゃなく、全国で同じ状況が起きていたと思いますよ」

日本人の雇用は難しくなるばかりで、いよいよ外国人受入が現実的な選択肢となってきた。偕行会グループの意思決定は早かった。EPA(経済連携協定)に基づき、2015年にはインドネシアやフィリピンから看護師候補者や介護福祉士候補者を受け入れた。2019年にはフィリピンより「技能実習生」の受け入れを開始している。

「現在、グループ全体で約80名の外国人スタッフが在籍しています」と熊澤さん。もっとも、法人規模が大きいからといってそう簡単に海外から人を呼べるものではない。偕行会の場合、もともとインドネシアでクリニックを運営しており、コロナ禍でやむなく閉院した経緯を持つ。現地自治体に人脈のパイプを持ち、医療経営環境を把握していたことがプラスに働いた。

看護大学を出ても病院に就職できない

インドネシアの医療・介護業界への就職事情は日本とは逆で、かなり狭き門となっている。看護師資格を取得しても各病院の正規雇用枠が少ないため、多くの看護師が各病院内でボランティアとして勤務し、正規雇用のチャンスを待っているのが実情。熊澤さんの右腕となって外国人受入・定着のキーパーソンを務める程禕偉(YIWEI CHENG)リーダーはいう。

「南カリマンタン州バンジャルマシン市を例にとると、看護大学を卒業するのは毎年1,000人程度で、実際に病院に就職できる人は100人前後です。残る900人は病院でボランティアをして、バイト同然の安い月給で働いて正規雇用の機会を待ちます。彼らが日本に来た場合、ほとんどは介護職での採用となり医療行為はできないけれど、願ってもないチャンスととらえる人が多いですね」

実際、今回の現地でのセレクションでは50人枠のところ200人を超える応募があったという。最終的に16人に絞られたが、彼らは本来、病院で看護師や助産師を務める専門職で、学力や教養レベルも高い。病院の数が少ないことはインドネシア全体の社会問題となっており、日本からの受入要請はインドネシア政府にとっても、もちろん我々にとってもありがたく、まさにウィンウィンの関係にある。

海外人材開発部 リーダー程さん

「海外人材開発部」がある医療法人

外国人人材を受け入れたとして、彼らを医療・介護施設の現場に配属し、さらには資格を取らせ戦力化するには、入国後のきめ細かな教育フォローアップと日常生活面でのサポートが欠かせない。こうした採用後のソフト面の充実こそ、偕行会グループの真骨頂という。

そもそも、熊澤・程氏が所属する「海外人材開発部」という部署の存在自体、医療法人には稀有のことだ。「いろんな在留資格で外国人がやって来ますが、通常は事業所単位で受け入れ、教育や指導も完結していく。海外人材開発部は特化した部門として独立しており、職場に配属してからも現場と両輪となってサポートしていくところに採用の特色があります」(熊澤さん)

ここで偕行会独自の「特定技能受入スキーム」を説明しよう。①覚書を交わした自治体が、現地在住看護師・助産師を募集→②自治体による書類選考→③偕行会による面接・選別→④現地の研修センターで半年から8か月かけて研修→⑤入国後の集合研修(1か月)→⑥各事業所に配属。人材の募集から来日後の就労開始まで約1年間、日本語教育はもちろん日本における介護の仕事について勉強することになる。

「現地に自前の研修センターがあり、出国前に駐在スタッフからみっちり指導を受けます。入国してからもすぐに現場に送り出すことはせず、1か月間の集合研修を行う。このように、ゼロからのスタートではありません。日本に来てからはそれまでの研修の延長戦としてさらに業務の流れなどを深掘りし、ようやく現場を踏むというイメージです」(程さん)

母国で医療の基礎教育を受けているし、ベースがしっかりしているから理解は早い。患者さんや利用者さんへの向き合い方は最初からできている。問題は生活習慣や文化の異なる日本での日々の暮らしだが、インドネシア人(3人)、中国人さまざまな言語を話すスタッフもいて相談に乗ってくれるので心配はないという。

むしろ、受け入れる我々のほうこそ勉強しなければいけないと熊澤さんは言う。「彼らは親元を離れて日本に来ています。どういう心境でいるのか、どう受け入れるべきか。彼らだけに教育を強いるわけにはいかない。相互理解を深めるために、我々スタッフ間でもインドネシア語講座を始めました」

研修風景

定着を図るための「介護福祉士」受験対策

日本人は7割、外国人は2割──これは国家資格「介護福祉士」の合格率だ。「特定技能1」で来日した外国人は、5年以内にこの資格を取得しないとビザを「介護」に切り替えることができない。結果、在留資格を失うことになる。日本で永続的に働くには介護福祉士試験にパスすることが絶対条件となる。

とはいえ、受験資格である3年間の現場経験を積みながら、同時に日本語も習得して国家試験に合格するのは至難の業。ようやく仕事を覚え現場に欠かせぬ人材になったところで、泣く泣く日本を離れねばならない。業界の実情に照らせば明らかに矛盾しているが、これが現実だ。

確保も難しいが定着の保証もなく、それが外国人介護人材採用の大きなネックとなっている。偕行会グループはこうした制度の壁にも挑戦。外国人がわかりやすい実務者研修や受験対策講座を開設するなど、介護福祉士の合格率を上げるためのサポートに取り組んでいる。

「日本人と同じプログラムでは言葉の壁があるので、外国人を想定した実務者研修に取り組んだり、物品などは外国人にわかりやすいフリガナ付きの資料を作成したり、合格率を上げることに全力を注いでいます」(程さん)

『KAIKOUKAI』と横文字タイトルの社内報を見せてもらったが、同じ記事内容が日本語・英語・母国語に翻訳されているのには驚いた。主役は日本人ではなく外国人スタッフ。異国で頑張っている姿を国のご家族に送って安心してもらおうという配慮だという。

9月に来日した16人は、今ごろは集合研修を終えそれぞれの現場で介護職としての第一歩を踏み出したころだろう。みなまじめで責任感の強い若者たちばかりだ。日本人に負けない、いや将来的には日本の介護業界をリードする人材に成長することを祈りたい。

取材日:2023.11.8

医療法人偕行会

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