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ご意見・ご感想

ふれあいの輪は、新しいホームケア・在宅介護を目指して、
(公財)フランスベッド・ホームケア財団によって
運営されています。

ふれあいの輪

在宅ケアケース事例Home care case example

石山 麗子氏

国際医療福祉大学大学院
先進的ケア・ネットワーク開発研究分野

教授 石山 麗子

老々介護もしくは家族の介護力が
足りない在宅介護をどう支えるか

人材不足に悲鳴を上げているのは施設だけではない。核家族化と高齢化が過度に進んだ今日、世帯における介護力も著しく低下し、かつてはできたはずの在宅ケアが成立しない状況が増えてきた。支える側も高齢者、あるいは若いけれど健康に問題がある──介護力の足りない在宅介護をケアマネはどう支えたらよいのだろうか。

今回の事例

堀 さや子氏

居宅介護支援事業所
主任ケアマネジャー

堀 さや子

支援経過

同居する次男は週3回の人工透析

Aさん(74歳・女性)は同い年のご主人と、次男との3人暮らし。一昨年8月に倒れるまでは、高血圧という持病はあるもののお元気で、介護とは無縁の生活を送ってきました。夫婦仲も非常によくリタイアしたご主人と老後をエンジョイしていましたが、脳塞栓で倒れ、いきなり要介護4の重度の身体状況となりました。

息子さん(47歳独身)も同居されていますが、Aさんの異変と時を同じくして慢性腎不全の悪化により、週3回6時間の人工透析治療を余儀なくされました。仕事と透析で時間的余裕がなくなり、Aさんの介護は自ずとご主人が一手に引き受ける状況となりました。

「自分が頑張るから」と献身的な介護を厭わないご主人。素晴らしいご夫婦ですが、私には全部を抱え込んで共倒れしないか不安でした。特に、夜間のポータブルトイレ介助。頻尿ゆえに1時間に1回起きて移乗することも珍しくなく、睡眠不足が気になります。

息子さんも両親思いで、ご主人の負担を減らそうと介護に協力的ですが、いかんせん体力に不安があります。腎臓病の予後を考えると無理するわけにはいかず、悔しい思いを抱えていました。このようなご家族の事情はわかっていたので、今年1月、Aさんを担当したときからテーマは決まっていました。

それは、「Aさんはもちろん、ご本人を支えるご家族をどのように支えるか」ということ。元気に見えてもご主人も70代半ばです。今後、年を重ねるごとに力・体力が衰えていきます。将来を見据えたケアプランニングが求められていると思いました。

献身的なご主人の疲弊が心配

今回の事例では、在宅に移行する前のリハビリ専門病院入院中から、病院のMSW、ご家族と細かく情報共有を重ねました。幸いなことに医療的行為は特にありません。脳塞栓の引き金となった高血圧を悪化させないこと、そして食事は塩分控え目に。毎朝定時に血圧を測り、服薬を忘れないことが大事です。

主たる介護者は70代半ばのご主人になりますが、移動時は室内・屋外ともに車いす介助となるため、ベッドから車いすへの移乗や、排泄時のトイレへの誘導が力仕事となります。昼間は住宅改修したトイレ、夜間はポータブルトイレを使用します。利き手の右手で手すりをつかめば数秒間の中腰姿勢が可能となり、転倒に注意しながらおむつの上げ下ろしができます。

とはいえ、ご主人には重労働のはず。愛妻家ゆえに、やりすぎて疲弊してしまうことが心配のタネでした。そうこうしているうちにAさんに左半身マヒの痛みが生じ、極度の気持ちのふさぎこみに襲われたこともあって、ご主人の息抜きを兼ねてショートステイを提案しようにも難しい時期がありました。

デイサービスの送り出しにヘルパーを

ご家族と何度も話し合った後、1週間のサービス計画を次のように作成しました(別表)。デイサービスは週2回(月・木)。入浴は自宅の風呂では無理なので、デイサービスの機械浴を利用します。これとは別に水曜の午後、運動を中心とした半日のデイサービスを入れました。

1週間のサービス計画
AM PM
ホームヘルパー
(送り出し)
デイサービス(入浴)
訪問診療(ST
訪問診療(隔週) デイサービス(運動)
ホームヘルパー
(送り出し)
デイサービス(入浴)
訪問診療(PT

※月1回、訪問看護(看護師)あり

ヘルパーは当初毎朝来てもらっていましたが、現在はデイサービスへの送り出しのためだけに週2回お願いしています。今、この瞬間に来てほしいというときにすぐ呼べないのがヘルパーさん、介護者にとって人が家に来ることは少なからず負担になるので、回数は少ないかもしれません。

訪問診療は隔週水曜日の午前中に。訪問看護は月1回、看護師が療養生活の相談とアドバイスにやって来ます。このほかに、構音障害に対してのリハビリで火曜日の午後にST(言語聴覚士)が、ご本人のトイレ動作が少しでも安定することを目標に、金曜の午前中にPT(理学療法士)が来ます。

ちなみにAさんの場合、要介護4と身体状況は重度ながら施設入居という選択肢は考えませんでした。理由は第一に夫婦仲がよく、互いに支えあって暮らしたいと願っていること。コロナ禍でリハビリ専門病院に入院していた際、面会すらかなわなかったときの孤独感が大きく影響しているようです。

自宅以外で過ごせる場所を見つけたい

私はもともとMSWとして病院で退院支援に当たっていましたが、病院で相談にのることと、その人が暮らしている城であるご自宅でご家族と一緒に必要な介護サービスを考えるのでは全然違うものだと気づきました。

老々介護の時代、在宅の介護力が小さくなっていく一方の時代のケアマネジャーに求められるのは、介護支援専門員としてサービスを調整することだけでなく人とかかわること、“対人援助職”として何ができるかが問われていると思います。

本事例では、ご主人が1人で抱え込まないようにご本人の状況と家族の状況を踏まえて理解すること。Aさんにピタッとあてはまるサービスがなかったとしても、専門職として自分にできることは何かを考えてさしあげないとならない。私の場合、ご家族が感じる不安を少しでも緩和するように、極力お宅に伺う回数を増やし、生活状況・介護状況をチーム全体に発信するよう心がけています。

今はデイサービスだけですが、ショートステイを利用するとか、タイミングを見ながら少しずつ自宅以外で安心して過ごせる場所・時間を見つけていかねばなりません。Aさんも、ご主人も、息子さんも、等しく年齢を重ねていき、いずれ在宅が難しい時期がくるでしょう。そうなってからでは遅いので、今から考えておく必要があると思います。

(令和5年10月末時点)

障害高齢者の日常生活自立度/B2(医師・調査員同様)

認知症高齢者の日常生活自立度/Ⅲa(医師)、Ⅱb(調査員)

疾  患/心原性脳塞栓、高血圧、脂質異常症

家族構成/夫(74歳)、次男(47歳・独身)との3人暮らし

身体状況/室内・屋外ともに車いす介助

食  事/嚥下障害なし。食欲あり。

排  泄/介助にてポータブルトイレを使用

入  浴/週2回、デイサービスの機械浴にて入浴実施

社会交流/介護保険サービスを通して知り合ったデイの利用者さん、関係スタッフ

※本人およびご家族の許可を得て掲載しています。(一部修正あり)

今回のポイント

家族らしさ維持するための介護計画とは?
家族の価値観と
適切なケアマネジメント手法の融合

新たな「適切なケアマネジメント手法」の導入

その人らしい生活、その家族らしい生活を続けていくにはどうすればいいのか?

この指針として厚生労働省が示すのが「『適切なケアマネジメント手法』の手引き」である。令和6年(2024)年4月から導入されるもので、多くのケアマネジャーが関心を寄せている。

「基本方針」を実現するために「想定される支援」等が体系的に整理されている。項目ごとに支援必要性とアセスメントやモニタリングの視点を実践にいかせるように示されているため、経験の浅いケアマネジャーでも一定の水準を保つことができるとして期待されている。

「疾患別ケア」は脳血管疾患、大腿骨頸部骨折、心疾患、認知症、誤嚥性肺炎予防の5種類あり、堀さんは、これを先取りして活用した実践として大変興味深く、同時に完成度が高いと評価することができる。

適切なケアマネジメント手は方針に準じてケアを展開する。脳血管疾患では次の2つが示されており、
1 再発予防
2 生活機能の維持・向上
これらが堀さんの例でどのように取り組まれているのか具体的に確認してみたい。

1 再発予防

現在要介護度4、もし再発したら自宅での生活は難しくなるだろう。そこで堀さんは「献身的な介護を担われるご主人の疲弊が心配」の段落で再発予防の観点から「脳塞栓の引き金となった高血圧を悪化させないこと、そして食事は塩分控え目に。毎朝定時に血圧を測り、服薬を忘れないこと」と助言している。これは望ましい血圧測定の方法が家庭血圧であること、計測方法の基礎知識をもとにしていることがわかる。これは適切なケアマネジメント手法に示されていることだ。

2 生活機能の維持向上

水曜の午後、運動を中心とした半日のデイサービスを入れている。また、火曜日の午後にST(言語聴覚士)、金曜の午前中にPT(理学療法士)の来訪がある。ここに生活機能の維持向上の具体的な対策が見られる。

ご主人も同年代で70代半ば。体力の衰えもあることから、Aさんの生活機能の維持と向上は、自立支援と介護負担軽減の両方から重要な視点である。

家族のあり方を大切にすること

このご夫婦は大変仲がいい。一緒にいることを幸せととらえ、互いに支えあって暮らしたいと願っている。これもあって、要介護4ながら施設入居という選択肢は全く考えていないという。一度施設に入ると、夫婦別々の生活となり、他界するまで再び一緒に暮らせないケースが大半である。このご夫婦は可能な限り一緒に暮らしていこうとしている。独身の息子さんは透析を受けており、Aさんは息子に対して心配する気持ちがあるだろう。同じ屋根の下にいさえすれば、息子を見守ったり声をかけることはできる環境という点で、在宅継続はAさんにとって母の役割という観点で意義がある。

このようにひもとけば、堀さんはAさんご家族の価値観を認めAさん家族の生活と絆をできる限り続けられるように守ろうと、最大限に支援しているのが伝わってくる。だからこそ、脳血管疾患の再発予防と生活機能の維持・向上は欠かせないのだ。

適切なケアマネジメント手法は、利用者の尊厳の重視と意思決定の支援、これまでの生活の尊重と継続の支援、家族等の支援をベースとして疾患別ケアを取り込みながら展開する。堀さんの事例は、まさにこの家族が一番大事にしていることと望みを感じとりケアマネジメント実践している。