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秋下 雅弘氏

東京大学医学系研究科 老年病学 教授
医学部附属病院 老年病科科長

秋下 雅弘

ポリファーマシー対策は多職種協働、
特に、医師と薬剤師の連携が必須となる。

主に多剤服用によって起きるポリファーマシー問題。高齢化による臓器や体力の衰え、それに高血圧や糖尿病をはじめとする複数の疾患が加わり、若い頃よりたくさんのクスリが必要なことは理解できる。それにしても、高齢者の服薬量の多さは異常に思えるし、その弊害が心配される。そこで今回のテーマは、高齢者にありがちなポリファーマシーについて。ポリファーマシーとは何か、なぜ改善されないのか、医療・介護現場でできる対策などについて、東京大学大学院医学系研究科教授(老年病学)で、厚労省の高齢者の医薬品適正使用のガイドラインを策定した秋下雅弘教授に聞いた。

東大病院 臨床研究棟A

クスリの種類・数が多いだけじゃない
多剤服用とポリファーマシーは違う

まずは「ポリファーマシー」という専門用語について。メディアにも頻繁に登場し、医療・介護の現場でも耳にすることが多いのですが、正しく認知されているとは限らないようですね。

ポリファーマシーとは単に服用する薬剤数が多いこと、つまり「多剤服用」のことだと考えている人が多いようですが、正解とは言えません。単純に和訳すれば多剤服用となりますが、クスリの数が多いこと=ポリファーマシーではないのです。

ポリファーマシー(Polypharmacy)というのは、薬物有害事象、服薬過誤、アドヒアランス(患者さんの服薬に取り組む姿勢)不良など、ニュアンスとしては悪いものをいいます。その概念の中には不良な処方、過量・重複投与などあらゆる不適正処方なども含まれています。

多剤服用でも特に害をなすものに限りポリファーマシーと呼びます。例えばがんに多剤併用療法があるように、クスリの数が多いことが必ずしも悪いとは限りません。逆に、3種類しか服用していなくてもきちんと飲むことができないとか、相互作用が生まれ期待される薬効が得られないのであれば、それはポリファーマシーにあたります。

ポリファーマシーという言葉が広く使われるようになったのはここ10年くらいのものですが、多剤服用はそのずっと前から問題視されていて、老年医学会は2005年に初のガイドラインを出しました。この10年で高齢者の患者数は大分増えましたし、それに伴い言葉の認知度も上がりました。しかし、正しく認知されているかというとまだまだだと思います。

75歳以上の4分の1が7種類以上、
4割が5種類以上のクスリを処方されている

コロナ以降になるとよくわからなくて、やや古い調査になりますが、2016・17年に国が調査したデータ(※グラフ➀)があります。それによると、75歳以上の約4分の1が7種類以上、4割が5種類以上の薬剤を処方されていました。しかもこれは同一の保険薬局での調査です。高齢者は複数の薬局を利用することもあるので、実際はこれよりもやや多いと思います。

『高齢者の医薬品適正使用の指針』(総論編)
P4上 同一の保険薬局で調剤された薬剤種類数(/月)

高齢化とともにクスリの種類・量が増えるのは、加齢による臓器や体力の衰えやいくつもの疾患が重なるからですが、若い頃に比べてクスリが効きにくくなるというのは誤りです。クスリは吸収されると血液中をまわって肝臓で代謝されます。心臓を経由し、最後に主に腎臓から排出されます。高齢者の場合は肝臓や腎臓の働きが落ちているので、むしろクスリが効きやすいのです。

また、クスリには必ず副作用がありますが、副作用は若い人よりも高齢者のほうが出やすい。例えばクスリを飲んでいると血圧が下がり過ぎた時にふらっとすることがあります。若い人だとふらつくだけですが、高齢者はそのまま転んでしまい、転倒して骨折に至ることもある。同じ副作用という問題が生じても、高齢者のほうがより重篤なものが起きやすい。こうした薬物有害事象もポリファーマシーのひとつです。

高齢者の多くが服用するクスリに
認知機能を低下させる働きも

ポリファーマシーにはまた、クスリの作用がぶつかるという問題もあります。例えば、心臓のクスリに交感神経の働きを抑えるβ遮断薬があります。一方、気管支喘息や過活動膀胱で使うクスリは、交感神経を刺激します。両方を同時に服用すると、アクセルとブレーキを両方踏んでるような状態になってしまう。10種類くらいクスリが出ていると、この組み合わせはどうなんだろうと見直しが必要な場合も出てきます。

重複投与の問題もあります。胃薬や鎮痛薬が3ヶ所のクリニックから出ていたり、医師の処方通り、薬局の指示通りに飲めないケースも出てきます。これは、服薬に関するアドヒアランス(患者が処方を厳守しようとする姿勢)が低下しているわけで、これもポリファーマシーの一つです。高齢者のタンスの引き出しには飲み忘れたクスリがたくさん残っていて、その額は年間数百億円に上ると言われています。

実は、認知症との因果関係も見逃せません。下の表(※表1)を見てください。記憶障害の欄には、β遮断薬、睡眠薬、抗うつ薬など、特に認知症の人によく処方されるクスリが列挙されている。ということは、これらのクスリを飲むことで認知機能が低下しているとも考えられる。ただそれが、病気の自然経過なのかクスリのせいなのかはわからない。実際にチェックする方法は、クスリをやめてみるしかありません。

『高齢者の医薬品適正使用の指針』(総論編)
薬剤起因性老年症候群と主な原因薬剤

背景に日本特有の医療事情
医師を頂点とする構造的問題が

近年、厚生労働省も「かかりつけ医」の提唱や「おくすり手帳」の制度化など、ポリファーマシー対策に本腰を入れ始めました。これによりポリファーマシーは改善されたのでしょうか。 次の5つの特性があると 秋下氏は説明してくれた。

残念ながら、大きな進展はないように思えます。やや減ってはいるけれどもほとんど変化はないというのが正直な感想です。ポリファーマシーの難しいところは、日本の医療の構造的問題と密接に絡み合っているところにあります。

日本では、高齢者に限らず患者さんは複数の医療機関に診てもらっています。なぜ複数の医者にかかるかというと、医師はそれぞれ専門性があり、一人のかかりつけ医がすべての疾患に対応することはごく稀です。自分の専門領域のクスリは処方できるけれども、専門外となるととよくわからないという実情があります。大谷翔平のように何でもできるスーパーマンなら別ですが。

ならば、クスリを出す薬局に期待したいところですが、日本では、永年の習慣で薬剤師は調剤業務を中心に行ってきました。医師が書く処方箋通りに調剤して渡すという仕事に重点が置かれてきたのです。薬科大が6年制になりましたが、まだ現場でのコミュニケーション能力の教育は十分とは言えず、ポリファーマシー対策に求められる対人折衝業務は得意とは言えません。

それ以前に、薬剤師がポリファーマシーに気づいたにせよ、医師にフィードバックして意見するのは現実的に難しい。ご存じのように日本の医療・ヘルスケア業界は、医師を頂点としてそれ以外の専門職は医者の指示で動く仕組みになっています。これがやはり大きな壁になっていると思います。本来、医師と薬剤師は対等であるべきですが、薬剤師から医師に物申すことはなかなかできないのが実情です。

老年医学会も、ポリファーマシー問題には20年以上前から取り組んできました。2016年には日本老年薬学会が設立され、2018年には厚生労働省から「高齢者の医薬品適正使用の指針」も策定されました。医師、薬剤師、看護師や介護職員などの多職種が連携してポリファーマシーの見直しができるよう、ガイドラインを整備しました。ポリファーマシー対策では多職種協働、特に医師と薬剤師の連携が必須なのです。

ケアマネジャーや介護福祉士など、利用者さんの服薬情報を知る介護現場が気づいたら声を上げるのはどうでしょう。

クスリの専門家ではない介護現場からのアプローチは難しいと思いますし、そこまで期待してはいけないと思います。ただ、クスリから見るのではなく、高齢者の日常生活の様子や症状などから遡ってクスリの問題を考えることはできます。チェックできなくてもいいから、クスリが多すぎていろいろと問題起きていて、それは介護の世界でも重要な問題だということをまず知ってほしいですね。

中には、医師はたくさん処方箋を書けば儲かるだろうという人がいますが、そんなことは全くありません。院内処方にしても、薬価差益なんてほとんどなく、クスリが7種類以上になると処方箋料は逆に減額されるのが実態です。薬剤師も同じです。処方薬が多いと手間がかかる一方で、利益にはあまり直結しないと聞きました。

クスリの数と医療の質は相関関係にあると言われていて、高齢者にどのくらいクスリを出しているかでその国の医療のレベルがわかるとも言われています。たくさん出しているところほどダメなんです。そういう意味で日本は、まだまだ医療の質が低いということになってしまう。ポリファーマシー対策は、今後も医師、薬剤師、多職種協働のもと、粘り強く進めていかねばなりません。

連絡先

〒113-8655
東京都文京区本郷7-3-1
東京大学大学院医学系研究科老年病学
東京大学医学部附属病院老年病科
電話:03-5800-8832
Web:https://www.m.u-tokyo.ac.jp/departments/graduateschool.html